ふかよみこうさつ室

物語は深読みしたもの勝ち

わたしとポルノグラフィティ

ごきげんよう

 

来週のしまなみロマンスポルノに向けて、いまさらながら横浜ロマンスポルノ'16のレポートをしたためようと筆をとったのですが、ライブレポートに入るまでに整理しておきたい情報がありすぎたため、先にこちらにまとめることにしました。そうです、この記事はリハーサルであり、リハビリです。「細けぇことはいいんだよ!レポ読ませろ!」という方はこちらは読まなくても大丈夫です、たぶん。ただ、レポートだけを読んだ場合、わたしのあいの重さに体調が悪くなるかもしれません、とだけお伝えしておきます。

 

わたしがポルノグラフィティという大きな海に沈んだのは中学二年生のときのことです。ポルノグラフィティは、1999年のデビュー時から音楽番組でよく見かける存在でした。ミュージック・アワーやアゲハ蝶がテレビから聞こえようものなら(※注1 2曲ともCMのタイアップ曲でした)リビングのテレビ前に駆けつけていたのですが、それでも、いまほどの熱量ではありませんでした。2002年のサッカーW杯のテーマソングはMugenであり、わたしが小学校卒業記念のオルゴールに選んだのがMugenだったのも、他にこれ!とおもえる曲がなかったからです。

 

さて、わたしが中学二年生の夏、通称りんごベスト(※注2 ポルノグラフィティ最初のベストアルバムにして、ベースのTamaさんが参加した最後のアルバム。RED'SとBLUE'Sの2枚があり、それぞれ13曲目に新曲が収録された)がリリースされ、ポルノグラフィティは三人から二人になりました。

 

そのころ、おこづかいでCDを買う、というのが流行っていました。CDプレーヤー、もしくはラジカセを誕生日プレゼントにリクエストして、自分のすきな曲をつめこんだ「ぼくのかんがえたさいきょうのぷれいりすと」MDを作り、ラベルにタイトルをつけてにやにやしているともだちがたくさんいました。小学校のときからポルノグラフィティの曲に惹かれ、口ずさんでいたともだちたちは、おこづかいを貯めて初回限定版を予約し、三人から二人になってしまうことにさみしさを感じながらも、2枚のアルバムを大切に聴いていました。

 

しかし、わたしは初回限定版を買わなかったのです。

まだ海には沈んでいなかったのです。ところが、気づいたときには手元にりんごベストが両方ありました。おそろしいことに、どういう流れで購入にいたったのか記憶がないのです。わたしの人生七不思議のひとつと言えましょう。誰よりもりんごベストを聴き込み、わからない単語は辞書で引き、ときどきその意味にあわてふためき、何度も何度も歌詞カードを読み返しました。そして、リスタートとなるシングル「シスター」(2004年9月8日)がリリースされるころには、あたまのてっぺんまで深海に沈んだ重度のファンに進化しており、ポルノグラフィティとしてのTamaさんのベースをもう聴けないという事実に深いかなしみを覚えました。

 

デビュー5年目のリスタート(※注4 デビューシングル「アポロ」は1999年9月8日リリース)を飾るシングルが、同じ日に鮮烈なデビューを果たした東京事変の「群青日和」に呑まれてしまったことを、握りしめた手のひらに爪が食い込んで跡が残るほど、悔しくおもいました。この事件はわたしに9月8日を深く刻みつけるものとなり、毎年毎年懲りもせず呪詛を吐いていることは、お付き合いの長い方ならばよくご存知の恒例行事となっています。

 

わたしがリリース日に購入した最初のシングルは「シスター」でした。

 

ポルノグラフィティはわたしの大切な芯になりました。

ほぼデビュー当時からポルノグラフィティを追いかけている、森の奥深くにある静かな図書館のような個人サイトさん(※注5 閉鎖済み。とっても素敵なサイトさんでした)のテキストを一文字一文字噛みしめるように、自分の細胞に刻みつけるように読み込み、たくさんのファンサイト(レポートがメインの情報サイトからイラストサイトまで)を巡り、はるいちさんの個人サイト(※注6 閉鎖済み。日記がメインのひっそりとしたサイトで、後にharu⭐︎jpという名のブログへ移行)を初めから辿ったり、ほんの数ページしか載っていない音楽雑誌を買ったり、とにかくなんでも知りたくて、インターネットの洗礼を受けたこともありました。

 

2004年の年末に、ベストアルバム発売とリスタートの象徴となる5周年ライブ、通称「むらっさき」がありました。めちゃくちゃ行きたかったのですが、当時わたしは中学生であり、"夜のイベント"であるライブには、こどもだけでは行かせてもらえなかったのです。父は仕事で忙しく、母は体調を崩しており、保護者といっしょに行くのも難しい状況でした。そんな「むらっさき」のライブDVDを買うために、2ヶ月弱、ともだちの誘いをすべて蹴りました、当時もいまもこれからも、後悔は1ミリもありません。それどころか、ありがとう、あのころのわたし。

 

そして、2006年。

高校生になったわたしはライブが解禁となりました。

一般発売日の朝、9時45分に実家の電話の前に待機し、チケットぴあにコールを繰り返し、2枚のチケットをもぎ取りました。それは、ポルノグラフィティ初めてのスタジアムライブ、横浜ロマンスポルノ'06〜キャッチ ザ ハネウマ〜でした。

 

初めて肌で体感したライブ、

ざわめく夏の横浜スタジアムに、響きわたるひとつのホイッスル。

これがわたしの原点さんとのファーストコンタクトでした。

 

2018.09.02